2016年04月17日

「待つ支援」の前にすること

 特別支援教育において「待つ」ということは1つの支援の大切な形です。子どもが自己選択をし、意思決定をし、納得をして、主体的に行動する。例え失敗をしたとしても、レジリエンスを発揮して、立ち直っていく。その過程を「待つ」。

 その一方で、準備や分析無くして『闇雲に待つ』ことには効果が無いようにも思います。違う言い方をすれば、「教えられていないことは表出できない」とも言えるでしょうか。「待つ」ということは、子どもがいくつかもっている行動の選択肢の中から「選び取る」ことを待ち、それを「行動として表現する」ことを待つのであって、「教えてもいないことを、自然学習することを待つ」のではないと思います。また、4月の初めは「これ、できるかな?」と「待って観察する」ことも多い時期ですが、その「待つ」という行為も引き継ぎの上に立って行うことができれば良いな…と思います。自戒の念も込めて。。。

 まずは子どもを分析して、選択肢となり得る行動を形成する。それからはじめて「待つ」という支援が始まる。そんなイメージの「待つ」です。

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2016年04月16日

クラスで1番最初に取り組んでいること

 最近はFBでの更新が多く、ブログの更新が久しぶりになってしまいました。新しく特学校の先生になった方や新しく特学級の先生になった方向けに少しずつ更新をしていきたいと思います。

 新年度となり、小学部1年生の担任となりました。

 元気な1年生。教室内を構造化しないと教室内を大移動…。このまま2週間も経てば「こらー」「だめー」「いけません」と言われまくって帰る学校になってしまいます。

 色々とするべき事が有って、どれから手を付けようか…と途方に暮れてしまうようなのですが、まず取り組んでいることはエリアを決めて伝える支援です。

 使っているのは以下の2つです。

@ ジョイントマット90cm×90cm
※ 参考までにリンクを掲載しますが、ニトリとかシマホで買う方が断然安いです。


A ケンステップ

 
 特別支援教育では子どもの主体性をひきだすということが大切なのですが(…教育全体でもそうか。)、最初のルール提示の際には、少しグイグイと提示することが大切。

「音の出る本はマットの上で聞こうね」

「ほらほら、マットの上にもっと楽しそうな物があるよ!」

「あら!床の上ではおもちゃ×だけど、マットの上ならおもちゃ◎」

「ねーねー、マットの上で先生とくすぐり歌しよう!」


 事あるごとに、マット〜、マット〜、と言っていた1週間です。コレができたら、次はケンステップへの移行。整列も、ラジオ体操も、よーい、どんのスタートもケンステップを使って。ケンステップの中に入ると何かが始まるよ!と。最初はマットの上にケンステップを載せて。段階的にマットはとって最後はケンステップだけに。

 始めて特学校、特学級の先生になって途方に暮れてしまっている先生は、4月中旬まではこのルール提示だけでも良いくらい。もちろんそれからは「納得して、過ごせること」や「自己選択・自己決定」の支援に入るわけだけれども。

 また、いろいろと伝えるシートもありますので、よろしければご活用ください。
http://kuwapyon.main.jp/

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2015年12月16日

教え方とか、促し方とかは、拡大再生産される

 ある側面から捉えると学校は「適切な行動をシュミレーションする場」です。学校で練習して、実生活へと般化させて維持を図っていく。「教えられたこと」が実生活に般化していくかどうかは、教員にとっての一番の関心事です。例えば、認知学習の時間に絵カードでコミュニケーションをとることを学習して、それがお家で使えるようになるかとか、お店で使えるようになるかとか。

 でも、最近、もう一つの側面として感じているのが、それを教える段階の教員の教え方というか、指導のスタンスというか、指導のイントネーションというか、それ自体が拡大再生産されていくな…ということです。

 絵カードはどういう教え方をされたにしろ、「絵カードを使えるか・使えないか」で評価されるものなのですが、それとは別の側面で、

「○○(名前)!××しなさい!ダメでしょ!」

 と、厳しく指導されると、絵カードが使える・使えないという側面の他で、人との接し方全般に、そのコミュニケーションのキツさが残って拡大再生産されていく。

 一方で、

「伝わるって嬉しいよね。伝わって良かった。伝えられてすごい。」

 と励まされながら指導されると、絵カードが使える・使えないという側面では、キツく指導された場合と同じ効果でも、人との接し方全般にはコミュニケーションの暖かさが残って拡大再生産されていく。

 教えようとしていることに効果が出ているかどうかは、支援に於いて勿論生命線なのですが、教え方とか、促し方とか自体も、拡大再生産されるなぁ…と感じている今日この頃です。

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