2015年07月12日

権利保障の進展に準備や配慮が追いついていない場合について。追いつかせることについて

障害のある方の権利保障が進んでいます。例えば、今までは自分が住んでいる学区の小学校に特別支援学級があった場合でも特別支援学校が適当であると判定された場合には、特別支援学校に行かなくてはいけなかったのですが、徐々に本人と保護者の意向によって地域の小学校に通えるようになってきたことや、例えば今、私自身は障害のある人の性教育について一生懸命に調べているのですが、障害のある方の性生活についてもセックスヘルパーなどの著書に現れているように少しずつ権利保障が進んでいます。

さて、ここでダンピングに似た問題を感じることがあります。例えば、普通小学校に配慮がないまま(人的ないしは物的な準備が間に合わないまま)子供たちが入学ないしは編入をした場合、子供は学習上・生活上に様々な支障をきたします。また性生活についても配慮なしに性生活をオープンなものにしてしまうと様々な支障が出てくることでしょう。ここにはやはり合理的な配慮が必要になってくるわけです。

昨今、障害のある方の権利保障のスピードが速いのに対して、準備や配慮をどのように行ったらいいのかという、手法やツールの普及速度がゆっくりであることによって、オープンになった場に配慮や準備が間に合わないケースがある。そこに飛び込んでいってしまうと、結局ダンピングと同じことが起こっているではないかと。(特別支援学級での話を特によく聞く印象があります。)

次々に権利保障がされていくということ自体は大変喜ばしいことだし、障害のある方々の生活が豊かになっていく推進力になると思うのですが、権利保障がなされたことによってオープンになった場の、準備や配慮が間にやっているかどうかということについては注意深く見ていかなければいけないなと思うし、その場に必要な手法であったり、ツールであったりといった配慮や準備をしていく上でのお手伝いができればと思います。

権利保障がなされていく速いスピードと、準備や配慮がなされていくゆっくりなスピードとのタイムラグによって生じる問題についてあれやこれや考えています。
posted by 桑ぴょん at 15:36| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/422237555

この記事へのトラックバック