2015年01月18日

言葉が起点となって行動が始まるような指示体系を見直す

  Facebookで投稿したエントリを少し替えたものを再掲します。

 今回は私は1日に子どもの幾つの行動を、自分の言葉を起点として「始めさせている」のだろう…と反省した話。

「靴を履くよ」「こっちこっち」「トイレは?あるの?いってらっしゃい」「朝の会を始めるよ」「はい、次は◎◎くん」「次の授業は体育だから体育館に行くよ」「ほら、次は野菜を食べて」「手は洗って、タオルで拭いて」「さぁ、帰るよ」……。

 氷山の一角にすぎませんが、思いつくままに書いてみたところで10も20も出てくる教員である私の言葉が起点となって行動を始め「させてしまっている」場面。このままでは、起点である言葉がなければ動けない人に教え子たちがなってしまいますし、「させられ」行動は、自発しない(同じ行動が生起しない)ので、身になんかついていきません。言われた時だけ出る行動となります。また、裏を返せば教員がまるで執事のようにいつも傍にいなければいけないという「張り付き支援」が必要になってしまいます。また、張り付き支援って、いかにもお仕事している様に見えてしまうところが恐ろしい…。

 改めて言語指示中心の指示体系を見直して、子どもが自発し、使い続けたくなるような力の育成を心がけていかなくては…と自分を戒めました。

 教員の言葉が、子どもの行動の起点にならないとはどういうことか。それは環境からのシグナルを子どもが自ら入力して、処理して、出力すること(要は分かって、動けること)。或いは、活動に見通しがあり且つ、内発的な動機づけが伴っていること。

 改めて環境設定や見通し、ポジティブな学習経験の大切さについて考えています。

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posted by 桑ぴょん at 10:20| Comment(4) | TrackBack(0) | 指導・支援 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いつも気を付けるのですが、ついつい言ってしまうのです。

張り付き支援って、いかにもお仕事している様に見えてしまうところが恐ろしい…

って部分、その通りだと思います。

自信を持っている先生ほど、その傾向が強いような気もします。

とはいえ、明日は我が身。
常にアンテナはって、気を付けてやっていこう。
Posted by たっち at 2015年01月20日 21:41
>たっちさん

ありがとうございます。そうなんです。自分をこういう視点からモニタリングする必要があると自分に言い聞かせるのがこのエントリの一つのミソだと思います(^_^)
Posted by くわぴょん at 2015年01月21日 21:25
いつも興味深く読ませてもらっています。自発に動くための支援。今、私の中で一番大きな課題です。
スケジュール帳を活用した行動は、自発的な行動と考えられるのでしょうか?
Posted by モモ at 2015年02月10日 19:34
モモさん、コメントありがとうございます。次のエントリでスケジュールについて少し触れて書いてみます。
Posted by くわぴょん at 2015年02月10日 21:30
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