2015年01月07日

『できる子でないと愛してあげない』というねじ曲がったメッセージが届いてしまわないように ー映画「そして父になる」を観てー

 遂に冬休みの最終日となりました。今日は明日からの授業の準備日としてわたわた動いています。出勤簿上はまだ休暇ですが^_^;

さて、今更ですが、先日「そして、父になる」をitune storeでダウンロードして観ました。是枝監督、福山雅治、リリー・フランキー、尾野真千子などが出演している2013年公開の映画です。

あらすじとしては産院で子供を取り違えられた家族同士が、その事件に翻弄されながらも、生みの親の所にそれぞれ子供を返していく努力の中で、血のつながりや、育ててきた愛情に葛藤するというものです。

私自身、大枠このようなあらすじの中でお話が進行していくものだと思いながら見ていたのですが、感じたメッセージはちょっと違うものでした。

注目したのは福山雅治の子供役・慶多くんです。エリートサラリーマンである福山雅治は博学才栄、勉強も運動もピアノも子供の頃から出来たのですが、その息子である慶多くん(のちにリリー・フランキーの子供と分かる)は、同じように努力しても勉強もピアノも上達していきません。そして、福山雅治は 取り違えの事実がわかった際に「やはり、そうだったか」と言います。そのメッセージが暗に伝わっていた慶多くんは、

「パパは、出来の悪い僕のことは嫌いなんだ」

と思い悩み、心理的に孤立していきます。

この映画を観て、一番印象に残ったのは、福山雅治の教育方針と、この慶多くんの心の動きでした。 福山雅治にしてみれば、

「多くのことが上手にできた方が将来的にも有利になることが多くあるだろう」

という親心の元に教育を行うのですが、子供である慶多くんには、

「お父さんは勉強やピアノが上手にできない子供は、愛してくれないんだ」

と思っているのです。

このすれ違い、一生懸命な親御さんであればあるほど起こり易いのではないかな…と思います。例えば、

「ひらがなをかけた方が将来的にも良いに違いない」

と一生懸命に書き取りを教えるのだけれども、結果として伝わっているメッセージが、

「ひらがなをかける子供しか愛せない」

になってしまう、など。

この映画を観て、教育は基本的に、

「何があっても、親は、担任は、君のことが大好きだし、無条件で溢れんばかりの愛情を注ぐよ」

というスタンスの延長上で行えるといいんじゃないかな…と改めて思いました。

「何があっても君のことが好きだし、愛情を注ぐんだけれども、それを損なわない範囲内で楽しく学習を進めていこう」

雑駁に言えばそんな感じでしょうか。

映画の終盤、福山雅治は慶多くんに、

「父さんは慶多のこと、大好きだったんだよ。」

と改めて思いを伝えるシーンがあります。言い換えれば、「何かができないと、君のことを愛せないよ」じゃなくて、「無条件に君を愛していた」ということを伝えているシーンです。

当たり前のことに思えてしまうけれど、でも実は陥りがちなことなのかな…なんてぼんやり思いながらそのシーンを眺めました。

「何があっても君のことが好きだし、愛情を注ぐんだけれども、それを損なわない範囲内で楽しく学習を進めていこう」

当たり前のことかも知れないけれど、年始にこの言葉を大切に胸に刻んで、今年も頑張っていこうと思いました。

学校が始まるので、しばらく投稿しなくなりまーす(^_^)

是枝裕和「そして父になる」
posted by 桑ぴょん at 09:23| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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