2014年08月12日

「死にたい」ということばについて

 何だかバタバタとしていて、久しぶりに更新したらこのタイトルかよ…といった感じですが。私自身を振り返ると中学生、高校生の時にやたら「死にたい」願望が強かった…というか、この言葉にすべてを集約させていたところがあったように思います。最近はめっきり思わないようになりましたが。

 さて、

・「死にたい」
・「死ね」
・「むかつく」
・「ビミョー」

 など、やや黒い言葉が並びますが、これらのことばは本来的には自分自身の感情をもっと豊かなことばで彩って表現ができるのにも関わらず、これらのことばに集約されていかれやすい言葉のように思います。簡単に言えば使いやすい言葉。少し専門的に言えば仕事量少なくして使えてしまうことばです。

 例えば「死にたい」一つとってみても

★「死にたい」
 @… とても恥ずかしかった。
 A… 思うようにいかなかった。
 B… とても落ち込んでいる。
 C… とても疲れている。
 D…………

 @〜Dどの感情を感じたとしても「死にたい」とういことばに落とし込まれてしまう。じゃあ、@〜Dの様に自分の気持ちを説明できるようになればいいじゃん!という話になるのですが、その様に自分自身の気持ちを説明するのは、「死にたい」などの発するのに仕事量を少なくしてできてしまう言葉に比べて、仕事量が多く(面倒くさく)なってしまうので、なかなかそういった方向に流れにくかったりします。

 なので、ミソは仕事量は多い(面倒)だけれども、たくさんのことばで自分自身の感情を伝える、表現すること励ましてくれる環境づくりをしていくことにあります。

 「話を聞いてもらって楽になった」とか「話をしたらすっきりした」とかという現象がありますが、あれは一人ではなかなか自分の気持ちを言語化することができないけれども、他人が聴いてくれることによって自分の気持ちを言語化することができるということなのだと思います。

 今は面と向かって話す以外にもSNSなどを使って自分の気持ちを言語化できるので、それに救われている人も少なくないのでしょうね(これは私も含めてですが)。

 現在、レジリエンスの本を読んでいますが、この分野でも自分の気持ちの言語かは大切なものとして位置づけられています。

 日頃の子どもとの接し方として、『一人ではなかなか自分の気持ちを言語化することができないけれども、他人が聴いてくれることによって自分の気持ちを言語化することができる』ということを再度大切にしていけるといいな…と最近は考えています。

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posted by 桑ぴょん at 07:27| Comment(4) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 いつもブログを読ませて頂いてます。ありがとうございます。色々考えさせられる事や悩むことも多いのですが、私も教育を生業としているのでこの試行錯誤を苦しみもがきつつあくせくの葛藤を楽しんでいる・・感じでしょうか。
 
 今回の「死」という重いけれど「生」と友達、共有されている文言。おっしゃる通り色々・様々な意味と気持ちを内包していてこの様に言い換え(ことかえ・・ともいうのでしょうか?)によって自分自身への理解や周囲との関わりも大きく変わって来るものと思います。
 ・・言い切るまでの力量は無いのですが・・、「ことば」そのものには善い・悪いは少なく・・ほとんどなく・・それを使うその人と相手・周囲との関連で決めています。時代や文化、年齢、地域差もあるでしょうけれど。

 まぁ 同じ言葉を言われた場合も「おまえさんには、言われたくない!」等々 人間関係も複雑にからむかもしれませんね。

 ことば・言語。難しいけれど、奥深く素敵!と私は「ことば」そのものを尊敬してしまいます。
Posted by 赤根 修 at 2014年08月13日 15:14
赤根先生

 ありがとうございます(^_^)ことばって本当に素敵ですよね。私自身はことばはクレヨンに近い印象を持っています。悲しいときには悲しさを表現する色、嬉しいときには嬉しさを表現する色、優しい時には優しさを表現する色。自分の気持ちをたくさんのクレヨンの中から選び、彩って表現して行く為のものなのかな、と。そして、自分自身で書き上げた絵を見て、「そういう気持ちだったよね」とさらに自分に返していくようなセルフモニタリングも少し入るのかもしれません。

 たくさんのクレヨンを子どもたちに気づかせてあげたいな…と思っています。
Posted by 桑ぴょん at 2014年08月13日 17:24
桑ぴょん先生。素敵なコメント頂きありがとうございます。『セルフモニタリング』・・?・・意識してやったことないなぁ・・でも・・良さそう、面白そうと明日学校に行って「・・え〜っとクレヨン♪くれよ〜ん」と探してみます。

 コメント頂きその内容に感激もしてます。生・死の問題から性教育。たくさんのデジタル教材化とや『恥ずかしさ』『もし 私があなただったtら同調・共感』等々日常や現状をまっすぐ捉える感性と柔軟性(思考力や実行力は申すまでも無く)・・そして 素敵で身近な教材へと現実化する力量と熱意・・凄いです!その 桑ぴょん先生が・・「ことばは・・クレヨンに近い?・・」詩的な印象もあって・・嬉しい限りです。これからもよろしくお願いします。ありがとうございました。
Posted by 赤根 修 at 2014年08月14日 00:16
赤根先生

 ありがとうございます。実際のところは褒められた者では全然なくて日々悪戦苦闘しています。これからもぜひ情報交換させてください。

 今後ともよろしくお願いいたします。
Posted by 桑ぴょん at 2014年08月14日 07:12
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