2016年05月05日

自閉症スペクトラム障害のある児童への読み聞かせをことばの育ちにつなげていく難しさについての現場で感じている肌感覚

 自閉症スペクトラム障害(以下ASD)のあるお子さんといっても、本当に多様なのですが、一般的にASDのあるお子さんはある特定場面で学習した成果を、他の場面でも発揮できるようにすること(般化)に苦手さがあると言われています。

 私はこの3年は小学部にいるのですが、特に絵本の読み聞かせの際にASDのあるお子さんのもつ般化の難しさを感じます。

 認知学習では発達段階が1〜2才半ほどのASDのあるお子さんを担当することが多いのですが、例えば「ごあいさつあそび」といったタイトルの物を読むと、定型発達の1〜2才半のお子さんは日常生活の場面に「いただきます」「ごちそうさまでした」「バイバイ」といった言葉が般化していきますが、ASDのあるお子さんは「ほら、あの本のセリフだよ」といってもなかなか言葉が出てきません。(こと、挨拶に関しては社会性の困難さも関わっていると思いますが)他の「あっ!」といったようなオノマトペや擬音語(「チクチク」「ブッブー」「カンカンカン」「ボーボー」などなど)を取り扱った絵本についてもなかなか日常生活に言葉が拡がっていきません。つまり、読み聞かせについては、定型発達とASDをもつお子さんの間には大きな違いがあると感じています。

 絵本を読むこと自体が自立した余暇活動の時間を過ごす1つの選択肢になることを目標として取り組むのであれば、特段の工夫は必要ないのかもしれませんが、絵本を使ってことばを育てていこうとするのであれば、般化したい場面に絵本の特定の場面をカード化して持ち出すなどの視覚支援が必要であるように思います。

 余談ですが、面白い手法としては「パワーカード」というものもあります。


 あとは、読み聞かせという活動を言葉を育てる際の題材として選定をせず、コミュニケーションを取ること自体がダイレクトに興味のあること、好きなもの、食べたい物につながっていて即時強化される用なものを題材として選定するか…。

 自閉症スペクトラム障害のある児童への読み聞かせをことばの育ちにつなげていく難しさについての現場で感じている肌感覚として最近はこんなことを考えています。

 
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2016年05月04日

学校の先生は「子どもの笑顔」を自分自身の好子としすぎないように注意しなくてはいけないなと…

「子どもの笑顔が好きです」

とは、神の啓示のようなことばなのですが、学校の先生でこれに執着しすぎてしまうと時として不適切な方向への学習を助長してしまうことがあるように思います。

私自身がこのことを多く感じるのがダウン症のあるお子さんへの指導場面です。

ひとえにダウン症のあるお子さんは…とするつもりは毛頭ありませんが、ダウン症を附帯するお子さんは視力の弱さを伴っていたり、聴力の弱さを伴っていたり、手指の運動や感覚の鈍さを伴っている場合が多くあります。誤解を恐れず、敢えて、分かりやすく言うのであれば目や耳から情報を収集することが苦手なために大きなアクションを伴う目や耳から入力される情報を拾いがちで、手を使って外界探索をする場合にも大雑把に、そして強めのレスポンスを期待して働きかけることが多いです。そして、その期待していた大きなリアクションや強めのレスポンスがあった場合に…「笑顔になる」。

先生を強く叩いて呼んだとき、ドアを強く閉めたとき、座り込んで動かなくなった時に先生が「何やってるんだ〜!」と大きな声を出したとき、まるでプロレス技のようにぶつかってきたとき…等です。

笑顔が嬉しくて、笑顔が愛らしくて、子どもが笑顔になってくれるなら、思わず適切な行動かどうかを精査することを忘れて受け入れたり、時として不適切な行動を誘発してしまう。

子どもの笑顔が好きなことは良いこと、美しいことに思えるのだけれども、それだけじゃいけない。

学校の先生は「子どもが好き」であるとより良いとは思うけれど、土台の部分には「子どもを成長させるために支援することが好き」、「子どもが自ら伸びゆけるように状況づくるのが好き」というのが基礎であり、本質であり、土台である、と。

余談ですが、祖父や祖母は味方であると同時に、甘やかしの温床であると言われますが、上記と同様の事象に拠るのだと思います。孫のことが大好きで、孫の笑顔が強力な好子として作用しすぎているので、適切な行動かどうかを十分精査せずして、全てを強化してしまっている。

学校の先生は「子どもの笑顔」を自分自身の好子としすぎないように注意しなくてはいけないなと…「子どもを成長させるために支援することが好き」、「子どもが自ら伸びゆけるように状況づくるのが好き」というのが基礎であり、本質であり、土台である、と思います。

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2016年05月03日

一回くらいの誤学習なら泳がせておいても、次回の環境変えでちゃんと修正するよ!というくらいの余裕を持って支援しても良いのではないかと…

 特別支援学校の先生をしていると時々聴くセリフ。

「誤学習してはいけないから、しっかりと叱っておきます」

 先生は何だか真剣に怒って子どもが泣きじゃくる中、課題を最後までやらせたり、ひっくり返したおもちゃ箱を手をクレーンのようにして片付けさせたり、床にひっくり返した給食を片付けさせたり。

 …一見、正しそうに聞こえるのだけれど、この対応が効果的なのは比較的発達の速い、軽度のお子さんにであって、こういうことをしてしまいがちな比較的発達のゆるやかな、重度のお子さんには、冷静に見ると効果を上げていないことも多いように感じています。

・お友だちを叩いてしまったとき
・給食のお盆をひっくり返して、床にぶちまけてしまったとき
・教室を飛び出していなくなってしまったとき
・課題のプリントをびりびりに破いてしまったとき
・トイレットペーパーを丸ごと便器に流してしまったとき
・洋服のタグが気になって、服ごと破いてしまったとき


 …そんな時に、

「誤学習をさせてはいけないから、しっかり叱っときます」

 なんて言って、ここぞとばかりに先生怒る、発達の緩やかな子ども大泣き、でも環境を変えないから子どもは近々に誤学習2回目…って結構ある。

 大切なのは次回の行動が変わるということなので、1回の誤学習の機会くらいだったらその行動が正解ではないニュアンスを伝えるに留まるか、無駄に強化したいためにスルーして、心の中では、

「次回にはその行動が出なくなるように作戦替えするからねー!」

 と環境変えに闘志を燃やす方が余程建設的
。もちろんABC分析を基にして。

 誤学習は確かにしてほしくないけれど、1回の誤学習の回避のために、さしたる準備もない中、子どもがワンワン泣く中で、

「課題継続!」
「片付け終わりまで先生が腕をガッチリホールド!」

 でも、次回環境を変えずして臨んで、結局誤学習2回目…。。。って、なるよりは、

「誤学習の1回くらい、次回の環境変えでひっくりかえしてやるからなー」

 と静かに闘志を燃やして、環境が変わったから2回目の誤学習のチャンス無し!を目指していけたらな…と思っています。

 寝起きの文章でうねっているけれど。つれづれなるままに。

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2016年05月01日

自閉症の特性が原因となって見通しがもてないのか、発達段階が原因となって見通しがもてないのか

 個別支援計画を作成する季節です。特に自閉症スペクトラム障害(以下ASD)のあるお子さんへの支援で登場するのが「見通しをもてるように支援をする」(正確に書けばもちろん「Aという時にはBという支援があればCという見通しを持つことができる状態になる」ですが)という記載なのですが、

ASD=見通しをもつことに困難がある

 ということは確かにそうなのですが、認知発達が2歳齢以下のお子さんについては認知発達の緩やかさが「見通しをもちづらい」「切り替えが難しい」と見取れる行動の原因になっていることが多い印象を受けています。

 認知発達が比較的速い、所謂「軽度」と言われる自閉症のあるお子さんと、認知発達が比較的緩やかな、所謂「重度」のお子さんがいて、特に「重度」のお子さんの分析をする場合には、自閉症の特性と一旦分けて、例えば1歳齢、1.5歳齢の発達段階にあるお子さんの見通しのもてなさはどうであるのかを認識して、それに加えて自閉症の特性を考えていくということが大切なのではないか…と最近感じています。

 1歳齢、1.5歳齢のお子さんは普通に考えて、切り替えはすごく難しいですし、自分が思い込んだ事柄と違う事柄に進んだ時に混乱してしまうのは、寧ろ発達段階としては「順当」と捉えられる訳なので…。

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