2014年08月31日

何が『原因』で、それを解決するためには『これをする』ってところまで分かることが大切なんだろうなぁ

 来週に初任者の先生方を対象としてお話をさせていただく機会があり、今日はこんな本を読み返しています。
   


 例えば、スプーンを持つことを教える時に何度教えてもハンマーグリップになってしまうお子さんに、「何度言えばわかるの!」というのではなくて、「手の分化に躓きがあるかもしれませんという提案をしたり、姿勢が崩れがちなお子さんに「体幹の発達に躓きがあるかもしれません」とか「足の裏で踏ん張る力に躓きがあるかもしれません」とか、いわば「下限領域」を探し出して、「ここが『原因』ですね」という所までは書籍もたくさん出てきているし、何となく納得ができるのだけれども、「じゃあ、こんな取り組みをして改善をするのか見て行きましょう」という所までは書かれていなくて、それはまぁ、療育の先生とか学校の先生とかの虎の巻ということで…みたいになっているなぁ…とパラパラと眺めています。

 例えば手の分化の問題でいえば、拇指対向性(親指とその他の指がくっつくように動かせるか)を育むために洗濯ばさみを使いましょうとか、その際には洗濯ばさみ単体ではなくて洗濯ハンガーを使う方が手首の方向性を定める運動が減るので、最初は良いですよとか、ある程度拇指対向性が育ってきたら、今度は親指と人差し指と中指が動作指で、薬指と小指が支持指になるようにペットボトルのスクリュー回しやボルトの抜きの課題を入れるといいですよとか。例えば、指と手の方向性を使う動きでは髪留めのゴムを拡げてジュースの缶にハメる課題が良いですよとか、それが靴下を履くときの動作につながりますよとか、もっというと靴下を束ねるのは横方向ではなく、履き穴が上になるように重ねてくださいとか…。

 何かができない、何かに難しさがあるという時には、何が『原因(下限領域)』なのかを突き止めることはまず大事。そして、それを解決するためには『これをする』ってところまで分かるように初任の先生に伝えたり、お母さんに伝えたりすることが、大事なんだろうな…なんて考えた朝でした。

 プリントサイトの「文字・かず以前」の方に、Youtubeを利用してこの自立活動的・作業療法的な領域の「労少なくして効果はあるかも」みたいなものを貯めこんでいこうかな…なんて思っています。

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2014年08月24日

秋口はオムツ外しにはいい時期ですね

 徐々に朝夕に涼しさを感じられる時期となってきました。これくらいの時期になると家を締め切らなくても過ごせますし、おもらしをしたままのパンツで多少放っておいても冷えたり、風邪を引いたりすることは無いので、オムツを外すにはとてもいい時期になってきました。

 オムツを外す際には、

⓪ まずはトイレやおまるを「好きな場所」にしておきます(※強引にトイレットトレーニングをするとトイレに連れていかれること自体を嫌がるようになってしまうので注意です)。好きなグッズを置いたり、お水を流すのを好きにしておいてもいいでしょう。

@ ポポちゃん人形やメルちゃん人形を使って、トイレの実演をします。
 (1)人形がトイレ(おまる)で上手にトイレができたことを褒める実演
 (2)トイレの股間を濡らして、失敗してしまったことを「残念…次はトイレでしてね」という。
 (3)再び、人形がトイレ(おまる)で上手にトイレができたことを褒める実演
 
 

注:上記、メルちゃんのトイレはトイレ単体です。


A 大好きな飲物を用意して、いつもより多めに水分を取らせます。「そろそろかな?」と思ったら、@で実演をした後に、トイレに誘います。その時には「イヤー」と言っても、「じゃあ、お人形さんと行ってこようかな」「良くできたねー、お人形さん」等と言ったあとに、15分間隔くらいで誘ってみましょう。

B おしっこが出たら、たくさん褒めましょう。1回目は特にとっておきのおもちゃを始めて渡す機会にぶつけても構いません。

 特別支援学校に通うお子さんで、おまるを使う生活年齢を通り越しているお子さんはまずはトイレを好きになることから始めましょう。その上で、小麦粉を使ったウンチの模型を使って取り組むと、模型をそのままトイレに流すことができます。

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2014年08月18日

性教育サイトをリニューアルしました

今日まで夏季休暇を頂き、明日からは教員免許更新講習で埼玉大学や山梨大学に通います。

さて、夏季休暇と言っても毎年テーマを決めて個人研究をちょっとずつ進めるようにしているのですが、昨年の特別支援教育における認知学習教材のオープンリソース化に引き続き、今年は性教育教材のオープンリソース化に取り組んでいました。

35教材を取り揃え、サイトマップも一新しました。内容は特別支援学校で使用することを想定した、非常に具体的なものを多く取り揃えています。ぜひ、ご覧いただき、忌憚のないご意見を頂ければ幸いです。


seikyouiku.JPG


ここで、問題となってくるのが性教育の教材であるけれども、具体的な内容になればなるほどWEB上のコンプライアンス(法令順守)の問題が出てきます。具体的には「児童ポルノ禁止改定法」となりますが、『自らの性的好奇心を満たす目的』ではなく、『性教育教材としての目的であること』の明記が必要であるということで、この点には非常に気をつけて作成を行ってきました。
児童ポルノ禁止法の改正法について更に詳しくは以下の通り。

―以下、引用と補足―

規制対象:
「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって、殊更に児童の性的な部位(性器等若しくはその周辺部、臀(でん)部又は胸部をいう。)が露出され又は強調されているものであり、かつ、性欲を興奮させ又は刺激するもの」

 尚、漫画/アニメ/CGなどのコンテンツに関しては表現の自由を侵害する可能性があることから対象外となっている。


―引用と補足終わり―

具体的な性教育教材を作れば作るほど、上記の法令との関連性を丁寧に見て行かなければいけないと感じた今回の教材作成でした。また、法令ではないですがgoogleポリシーのコンプライアンス違反には引っかかってしまい、サイトの収益を得続けることが困難になってしまいました。googleはこんな風に回答しているんですね。

―以下、引用―

「Googleでは、児童への性的虐待に対して厳粛な対応を行っており、これらの違法なコンテンツをGoogle製品で表示しないように取り組んでいます。この取組みは困難な課題であり、完璧に対応できているとはいえませんが、Googleでは、コンテンツや検索キーワードの識別精度の向上を始め、アルゴリズムの改善に常に注力しています」 Googleプロダクトフォーラムより


―引用終わり―

googleには不服を申し立てましたが、『完璧に対応はできていない』の一文に巻き込まれてしまいました。

兎にも角にも、七生養護学校事件以来、急ブレーキのかかってしまっていた性教育の分野。小さいながらも一石を投じるものとなり、困っている子どもたちに届くことを、そして、その延長としてその子の将来が明るく生き生きとすることを心から願っています。

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2014年08月17日

いつか恋する君のために

 夏休み終盤を迎えて、性教育の資料作りも架橋を迎えています。性教育の資料の最後には「好きな人ができたら…」という教材を入れようと最初から決めていて、どんなものにしようかな…と悩んでいたのですが、手順表や動画では無いけれども、一つ大好きな詩を載せさせて頂くことにしました。今日はそれを紹介するエントリとしたいと思います。

―以下、全文―

いつか きみたちが こいをしたら あいてのことを たいせつに たいせつに してほしいとおもいます。
これは てじゅんひょうや どうがではないけれども すてきな 詩があるので 「好きな人ができたら」
として のせて おきます。

『 祝 婚 歌 』(しゅくこんか) 吉野 弘

二人が睦まじくいるためには

愚かでいるほうがいい

立派過ぎないほうがいい

立派過ぎることは

長持ちしないことだと

気づいているほうがいい

完璧をめざさないほうがいい

完璧なんて不自然なことだと

うそぶいているほうがいい

二人のうち どちらかが

ふざけているほうがいい

ずっこけているほうがいい

互いに非難することがあっても

非難できる資格が自分にあったかどうか

あとで疑わしくなるほうがいい

正しいことを言うときは

少しひかえめにするほうがいい

正しいことを言うときは

相手を傷つけやすいものだと

気づいているほうがいい

立派でありたいとか

正しくありたいとかいう

無理な緊張には色目を使わず

ゆったりゆたかに

光を浴びているほうがいい

健康で風に吹かれながら

生きていることのなつかしさに

ふと胸が熱くなる

そんな日があってもいい

そしてなぜ 胸が熱くなるのか

黙っていてもふたりには

わかるのであってほしい


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2014年08月12日

「死にたい」ということばについて

 何だかバタバタとしていて、久しぶりに更新したらこのタイトルかよ…といった感じですが。私自身を振り返ると中学生、高校生の時にやたら「死にたい」願望が強かった…というか、この言葉にすべてを集約させていたところがあったように思います。最近はめっきり思わないようになりましたが。

 さて、

・「死にたい」
・「死ね」
・「むかつく」
・「ビミョー」

 など、やや黒い言葉が並びますが、これらのことばは本来的には自分自身の感情をもっと豊かなことばで彩って表現ができるのにも関わらず、これらのことばに集約されていかれやすい言葉のように思います。簡単に言えば使いやすい言葉。少し専門的に言えば仕事量少なくして使えてしまうことばです。

 例えば「死にたい」一つとってみても

★「死にたい」
 @… とても恥ずかしかった。
 A… 思うようにいかなかった。
 B… とても落ち込んでいる。
 C… とても疲れている。
 D…………

 @〜Dどの感情を感じたとしても「死にたい」とういことばに落とし込まれてしまう。じゃあ、@〜Dの様に自分の気持ちを説明できるようになればいいじゃん!という話になるのですが、その様に自分自身の気持ちを説明するのは、「死にたい」などの発するのに仕事量を少なくしてできてしまう言葉に比べて、仕事量が多く(面倒くさく)なってしまうので、なかなかそういった方向に流れにくかったりします。

 なので、ミソは仕事量は多い(面倒)だけれども、たくさんのことばで自分自身の感情を伝える、表現すること励ましてくれる環境づくりをしていくことにあります。

 「話を聞いてもらって楽になった」とか「話をしたらすっきりした」とかという現象がありますが、あれは一人ではなかなか自分の気持ちを言語化することができないけれども、他人が聴いてくれることによって自分の気持ちを言語化することができるということなのだと思います。

 今は面と向かって話す以外にもSNSなどを使って自分の気持ちを言語化できるので、それに救われている人も少なくないのでしょうね(これは私も含めてですが)。

 現在、レジリエンスの本を読んでいますが、この分野でも自分の気持ちの言語かは大切なものとして位置づけられています。

 日頃の子どもとの接し方として、『一人ではなかなか自分の気持ちを言語化することができないけれども、他人が聴いてくれることによって自分の気持ちを言語化することができる』ということを再度大切にしていけるといいな…と最近は考えています。

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